INTERVIEW 016
GRADUATE
若見ありさ
アニメーション作家
「観た人の生活に活きる、アニメーションをつくりたい」
自身の出産体験を元に企画したドキュメンタリーアニメーション『Birth-つむぐいのち』(2015)がLos Angeles Documentary Film Festivalでベスト監督賞を受賞するなど、国内外の映画祭で高い評価を受けるアニメーション作家の若見ありささん。
やわらかく描かれたコマ撮りや砂絵アニメーション作品の制作背景にはどんな苦悩や思いがあったのか。映像作家であり、IAMAS在学時の担当教員である前田真二郎教授が迫ります。
IAMASで出会った人や作品から
刺激を受け続けている
前田: 今日は色々と聞いていきたいのですが、まずはIAMASに入学するきっかけを教えてください。
若見:名古屋造形大学の4年生の時に(映像作家の)飯村隆彦先生のゼミに所属していました。当時は8ミリフィルムを使ってクレイアニメやシネカリグラフィーのようなアニメーションを作っていたのですが、飯村先生から今後もアニメーションを続けていきたいのなら、コンピュータは避けて通れない。大垣にIAMASという学校があるから行ってみたらと勧められて進学しました。
前田: IAMASでの2年間の学生生活はどうでしたか。
若見:すごく印象深かったのは、IAMASではアプリケーションは教えないということですね(笑)。例えば3DCGを作るときも、Softimageの英語のチュートリアルを読み解いて自分たちで覚えなさいと。私はコンピュータを教わりにきた感覚だったので、「えっ?」って最初はビックリしました。
でもアプリケーションはあくまでツールで、要はハサミの使い方と同じようなこと。ツールは本を読んだり、人に聞いたりして覚えることができます。
それよりももっと深い部分、例えば企画の立て方とか、立てた企画をどう展開していけばいいのかについてアドバイスをもらうことが多かったのですが、当時は若かったので、なかなか客観的な視点が持てなかったので、企画にアドバイスをもらったり、絵コンテを見てもらったりしながら、順序立てて作品を完成させていくことはとても勉強になりました。
前田:在学中、卒業後はアーティストとして活動していくビジョンはありましたか。
若見:アーティストになりたいとは漠然と考えていましたね。
アニメーションには子ども番組や映画祭など色々な展開方法がありますが、いずれにしろ、見てくれた人の生活の一部になるようなというか、生活を助けるような作品がつくれるアニメーション作家になりたいとは学生の時から思っていました。
前田:なるほど。
若見:八谷和彦さんが授業で、「アーティストは長い時間をかけて作品を作るのだから、それを長く社会で流通させるように企画しないともったいない」という話をされて。確かに1年近くかけて作品を作って、映画祭で半年くらい流れて終わりになるものではなく、その後も例えばテレビで流れるとか、児童館や学校での上映会やワークショップなど、様々な展開ができる作品づくりをしたいと考えるようになりました。
前田:現在はアニメーション作家という印象が強いですが、IAMAS在学中は実写の作品も作っていましたよね。たしか映画館でアルバイトをしてたよね。映画もたくさん観てた。実写の作品をつくっていく可能性もあったと思うんですが、アニメーション表現に向かった理由を教えてください。
若見:1年生のときに実写の「胡桃の殻」とアニメーションの「くまぴょんたち」の両方作って、手ごたえを感じたのが「くまぴょんたち」の方だったので、それがきっかけになったかもしれないですね。
前田:卒業制作の「AIR」は、主人公の少年が万引きをしてしまったせいで戦争が始まってしまうというところから始まる作品でした。9.11以前で、学生作品で戦争をモチーフにした作品というのは、ほとんど作られてなかった時期だったと思います。「今、こういうテーマで作るんだ」とちょっと驚いたのを覚えています。
若見:ひとつには、卒業制作で何を作りたいか考えた時に、一番影響を受けたのは、アーティスト?イン?レジデンスでIAMASに滞在していたタマシュ(?ヴァリツキー)がレクチャーで見せてくれたタルコフスキーの「サクリファイス」です。
前田:僕もあのレクチャーはとても印象に残っています。日本人がタルコフスキー監督の映画を見る時、キリスト教世界についてあまり理解せずに、映像美に注目してしまうことが多いと思うのだけど、キリスト教における「犠牲」であったり「契約」について丁寧に説明してくれました。タルコフスキー作品についての興味深いレクチャーでしたね。
若見:そうですね。作品にも衝撃を受けたんですけど、タマシュの話にも刺激を受けて。ちょうど卒制の企画を考えている時だったので、その後一気に絵コンテを描いて、タマシュに見せに行きました。
前田:そうでしたか。あのレクチャーの影響が大きかったんですね。
若見:IAMASのときは、誰かから刺激を受けて、自分も何かアクション起こしたくなっちゃうみたいことがよくありましたね。
同級生の高橋裕行くんが、学校の授業が終わった後、クリティカル?シンキングという授業のようなことを始めて、そういうことも本当におもしろいなと思いました。高橋君とか高嶺格さんやマトロン(城戸晃一)くんなどIAMASは色々なことが自発的に出てきて、授業を受けているだけではダメなんだなと。自分で何かを自発的に起こして、得ていかないといけないと感じました。
さらに、誰かがやった企画が連鎖反応を起こして、少し形を変えたりして違う方向で発表されたりすることもおもしろかったし、刺激を受けました。そういう関係は卒業後も続いていて、引き続き今現在も刺激を受けているという気がします。
生きづらさを抱える人を描き、
社会や生活の救いになる作品を
前田:「AIR」は、第1回SICF(スパイラル?インディペンデント?クリエーターズ?フェスティバル)で映像賞を受賞したんですよね
若見:そうです。海外の映画祭にもいくつかエントリーして、上映させてもらいました。
前田:「AIR」は手描きのアニメーションでしたが、現在の主な制作手法である砂絵アニメーションとの出会いについて聞かせてください。
若見:広島アニメーションフェスティバルに行った時に、フェレンク?カーコというハンガリーのアニメーション作家の人が特別ゲストで来ていて、そこで砂絵のパフォーマンスをライブで見ました。彼の砂絵のライブもですが、アニメーション作品もすごくおもしろくて、私もやってみたいなと思いました。
ガラスの机を買って、実際にやってみたら、タブレットで書く以上にアナログで自分の頭にあることがアウトプットして描き出せるのでおもしろいなと感じました。手で砂の感触を感じながら作れることもおもしろかったです。作っているときは、細かい砂が自分の分身みたいに思えるときがあって、自分がアニメーションを作っているというより、砂に何かが宿って作らされていると錯覚するときがあって、だんだんのめり込んでいきました。
前田:お子さんが生まれたことと作品も密接に関係しているのかなと思うのですが…。
若見:かなり関係していると思います。
出産後最初に作ったのが、「Blessing」という授かりものである赤ちゃんと頂き物である出産祝いのコラボレート?アニメーションです。これは、子どもがとても欲しくてようやく生まれたんですけど、産後3ヶ月くらいのときに、ご飯もゆっくり食べれないし、睡眠不足だし、大学の授業がある時には朝早く起きて遠くの保育園に預けたりとか、色々なことが本当に辛くなって。救いを求めるように、赤ちゃんをコマ撮りして作った作品です。
前田:「blessing」という作品は、見たところではそんなに重い作品ではなくて、どちらかと言うと可愛らしい作品なんだけど、そういった苦しい精神状態のなかで生まれた作品だったことは、今、はじめて知りました。
若見:この「blessing」という作品をきっかけに作品の方向も変わってきたのかなと思います。
色々な映画祭やNHKの「おはよう日本」で取り上げてもらって、それを見た人から「子育てで鬱々していたけど、可愛さに癒されました」とか、「赤ちゃんとの生活を楽しむこんな方法があるんですね」とか様々な反響をいただいて。自分のニーズと社会のニーズが合致したことに手応えを感じました。
子育てが辛いと言っている場合ではなくて、私にできることはもっと作品を作って、展開して、社会がより良くなる方向にしていくことなんじゃないかと感じました。
前田:自分の作品が人に影響を与えるという実感が、次の「birth」シリーズの企画につながっていったということですね。
若見:社会的弱者の視点、それは自分のことでもあるんですけど、子育てをしていて全く働けないとか自分の時間がないとか、何かしら生きづらさを抱えている人の視点をもっと描きたいと思いました。それで、まずは自分の視点、出産の大変さを描くことから始めようと「birth」シリーズを企画しました。
前田:「Birth-つむぐいのち」は3人の作家による3つのアニメーションのオムニバス形式ですが、その3作品のうちのひとつが若見さんの作品というものですね。これは最初からオムニバスにしようと考えていたのですか。
若見:はい、そうです。自分の出産がけっこう衝撃的だったので、最初はその経験を形に残したいと思って作ったんですけど、出産の数だけドラマがあるというか、他の人たちのお産はどうなのだろうと考えるようになって。それで、数多くのインタビューをして、その中からバランス良く3つくらいで構成しようと考えました。
この作品は3部作で考えていて、2015年に1作目の「Birth-つむぐいのち」、2017年に2作目となる「Birth-おどるいのち」、そして今は完結編として、2020年3月に完成予定の「Birth-めぐるいのち」を制作中です。
いずれも、3つのアニメーションでひとつの作品という構成で、「Birth-おどるいのち」には夫から見た妻の出産や子どもから見たお母さんの出産という視点も取り入れました。今回の「Birth-めぐるいのち」では、私は助産師さんの視点のアニメーションを作っています。そして音楽はIAMAS出身のキャッシー(松本?一)さんに関わってもらっています。
前田:1作目、2作目は国内外の様々な映画祭で上映されましたが、どのような反応がありましたか。
若見:上映の後にトークをすることも多いのですが、女性視点で出産を描くことによって夫がぞんざいな扱われ方をしていて腹が立ったというようなことを言われる男性の方もいました。あと、出産は神秘的なもので表出して取り上げるべきではない。という意見も。そういう意見も次の企画の時に生かしたいと思っています。
「Birth-おどるいのち」に男性や子どもの目線を入れたのは、出産自体は女性がするものだとしても、出産を見守り育てるのは、夫やおじいちゃんやおばあちゃん、友人や隣近所の人でもできるはずです。例えば、虐待などの悲しいことが起きたときにも、親の責任を問うだけではなく、周りのかかわり方次第で些細でも変わることがあるのではないか。そう言う意味でも、出産が女性だけのものでないというか、色々な人に見守られていることを描きたいと思いました。
「今後はドキュメンタリーアニメーションをつくっていきたい」
前田:今年1月には、アニメーションを担当した「プリズン?サークル」という作品が公開になりましたね。
若見:この作品は、島根県にある刑務所の実写のドキュメンタリーで、これまでに長編ドキュメンタリーをいくつも手掛けてきた坂上香さんが監督を務めています。私は全部で136分ある映画のうち13分半を砂絵アニメーションで制作しました。
前田先生は、ご覧になりましたか。
前田:はい、見させていただきました。
若見:ありがとうございます。
前田:坂上監督とは以前からお知り合いだったのですか。
若見:2016年にIAMAS出身の杉本達應さんからメールをもらって。とある監督が新作制作のためにアニメーション制作ができる人を探していて、若見さんの作品のイメージが合いそうだと。それで坂上監督とお会いすることになりました。
4年前は坂上監督が撮影中で、いつ完成するかまだ分からない段階だったんですが、私の砂絵アニメーションを見て「これだ!と思った」と言われて。私も坂上監督は初めて会ったよう気がしないくらい親近感を覚えて、坂上監督の過去の作品「Lifers ライファーズ 終身刑を超えて」や「トークバック-沈黙を破る女たち」を拝見して、こんな風に人間と向き合う作品を作っている人がいるんだ!とびっくりしました。しかも私自身「Birth-つむぐいのち」を完成させた後でちょうど今後はドキュメンタリーアニメーションをやっていきたいと考えていた頃で、自分の興味がある内容だったので、ご一緒させてもらえて本当に幸運でした。
前田:担当されたアニメーションは、受刑者の過去の記憶、小さい頃に虐待を受けたトラウマのシーンが中心でした。制作中に難しいと感じたこと、工夫したところを聞かせてください。
若見:受刑者の語りを元に私がイメージして絵コンテを描きアニメーションを作ったのですが、やはり絵コンテにするまでが難しく、1ヶ月近く時間を要しましたね。
言葉の通り描いても少し違うのかなと思ったので、虐待の本を数冊読んだり色々な資料を見て知識を増やして、受刑者の話を自分なりに咀嚼して自分が体験したことと思えるくらいまでイメージを作っていきました。
前田:それぞれの受刑者がカメラに向かって語る「過去の出来事」を、鑑賞者がどれだけ自分に引きつけて聞くことができるか… この映画の印象はそれによって変わってくるだろうと思いました。そういった観点でいうと、若見さんのアニメーションが、彼らの語りを見る人に繋げる役割を確かに果たしていたのだと感じます。
今後もこういう形での制作を続けていきたいですか。
若見:自分で企画して作るということで精一杯になっているところがあるんですけど、こういう興味深いお話があれば、今後もぜひやってみたいなと思います。
「birth」シリーズもそうですけど、実写のドキュメンタリーだと描けない過去や心境などが、アニメーションだと体験者の心象風景を含めてリアルそして柔らかく描けると思うので、今後もドキュメンタリーアニメーションについて勉強し制作を続けていきたいなと考えています。