リンツ美術工芸大学交換留学体験記 #4 授業編
本学では、メディア表現における海外の先端事情と技術を学び、国際的な感覚をもって活躍する高度な表現者を育成するために、本学と交換留学に関する協定を締結してリンツ美術工芸大学との交換留学を実施しています。毎年1名が提携校に1~3ヶ月留学するとともに、提携校の学生が
IAMASに滞在し、互いに交流を深めます。
本連載では、今年度、リンツ美術工芸大学に交換留学中の鈴木健太さんから留学中の体験をbet36体育在线-体育投注官网@していただきます。
はじめに
こんにちは。IAMASの交換留学制度を通して、リンツ美術工芸大学(Kunstuniversit?t Linz)に交換留学をしている修士1年の鈴木健太です。本プログラムに関して、自身の体験や考察を踏まえながら、数回に分けて連載という形で報告してしきます。3ヶ月の留学生活を2週間に1回のペースでまとめ、合計6回のbet36体育在线-体育投注官网@を予定しています。
今回は、連載第4回目として、留学先の学科の授業に関する内容について報告したいと思います。
Interface Cultures学科では、充実した授業が数多く開講されています。この学科は、インタラクティブアート、インターネットアート、サウンドアート、VRやMRといった幅広い領域をカバーしている学科であるため、その表現のため様々な授業が開講されています。僕は、第3回の記事に書いたように、この秋から入学した新入生と同じタイムスケジュールで過ごしていることもあり、1年生向けの授業を中心に受講しました。今回の記事では、受講した授業のうち、印象深かったものを中心に報告します。
ディスカッションを通じて理解する
「Interactive Art I」は、インタラクティブアート作品や、その制作に携わっているアーティスト?デザイナー?開発者を分析する授業です。この授業は、生命システムを用いたインタラクティブアート作品を多数制作しているアーティストであるChrista Sommerer先生によって行われます。授業の内容は、Christa先生による作品や作家の紹介、作品に関わる重要な概念に関するレクチャーを中心に展開され、それらのトピックに対して質問やディスカッションを通じて理解を進めていきます。
初回の授業では、毎年Ars Electronica Festivalで開催されているInterface Cultures学科の展示の作品と、Chrsta先生と後述する共同制作者であるLaurent Mignonneau先生による作品を中心に授業が展開されました。まず、学科名にもなっている「Interface Cultures」とはそもそも何か?というレクチャーから始まりました。この学科名は、Steven Johnson氏による「Interface Culture」から引用されており、その概念の導入とどういう意図でこの学科を設立したかが語られました。そこから、毎年開催されている学科の展示の作品とテーマが紹介され、パンフレットやビデオを観ながら、15年程の学科の歩みを振り返り、インタラクティブアートの作品事例やその背景を学んでいきます。
中心となるのは先生からの事例紹介になりますが、受講者が非常に積極的に発言するため、事例毎に多くの質問と意見が飛び交い、議論が巻き起こります。受講者のこのジャンルに関する知識はまばらなため、ささいな質問から鋭いツッコミまで絶え間なく出てくる印象です。また、質問や意見だけでなく、受講者から関連する作品を紹介されることもよくあります。異なる背景?国からの学生が多いため、様々な視点からの意見や様々な領域?国の事例が紹介されていくため、授業の内容が非常に充実していきます。
逆に、先生も受講者に積極的に意見を求めます。意見の求め方はランダムに求めるだけでなく、先生は各学生の背景をよく知っているため、その場で話せそうな学生によく話を振ります。例えば僕の場合、Christa先生が長らく日本に滞在してたこともあり、僕の出身大学である筑波大学や現在所属しているIAMASを含めた日本の作品?作家に詳しいことから、日本に関する事例や、工学的な事例に対する意見を求められる印象です。
同様の雰囲気は「Media Art History」というメディアアート史に関する授業からも感じられました。これらの授業で扱う作品は、技術的な要素を含むものや社会批評を含むものが多くあり、そのような作品を分析していくには、背景への理解が求められます。そうした意味で、様々な視点からの意見が飛び交うディスカッションを通じて、多角的に作品を見る訓練になっているように感じました。また、他の作品が関連付けられていくことにより、それぞれの作品が個別なものとしてではなく、有機的に繋がったものとしてインプットされていきました。
表現のツールとして情報技術を取り入れる
「Sensors and Microcontrollers」は、センサーとマイクロコンピューター(以下、マイコン)の使い方を学ぶ初心者向けの授業です。この授業は、前述したようにChrista先生とともにインタラクティブアート作品を作っているLaurent先生による授業です。Laurent先生は、彼らの作品のうち技術的な部分を主に担当されており、このような作品に必要な技術的なトピックに精通しています。授業の内容は、センサーやマイコンの技術的な部分に関するレクチャーをした後、実際に先生自作のキットを用いて、回路を作り、プログラムを書くことで、その仕組みや使い方を学んできます。
新たに工学的な内容を取り入れたいという学生が多いせいか、授業は基礎的な内容から導入され、非常に丁寧に進んでいきます。しかしながら、単にコードが動かせるというレベルではなく、きちんとそれらを作品に使えるというレベルを目指しているようです。したがって、なぜ動くのか、どういう仕組なのかという部分に焦点を置いた内容になっています。具体的には、Arduinoという教育の現場でよく使用されるマイコンを使用していますが、はじめは簡単なコードを動かすところから始まり、最終的には、どうデータがやり取りされているのか、どういうコンピュータアーキテクチャになっているのか、センサーはどういう仕組みでデータにしているのかといった内容を扱っています。
この授業を受講していて、センサーやマイコンをあくまで作品のためのツールとして扱っている印象を強く感じました。トップダウン的にプログラムの仕組みはこうなっていて、こういうコードを動かしなさいという教え方ではなく、受講者のなんで?どうして?という疑問に寄り添ったり、こういうことがしたい場合どういった仕組みにする?といったボトムアップ的な内容になっています。受講者が15人程であり、先生が1人1人を回って対話しながら、それぞれの能力と進度に応じて次にやることを決めていきます。
特に印象的だったのは、初回の授業で、Laurent先生が1人1人と会話した後、沢山の電子部品の中からその生徒に合わせたセンサーを渡し始めたことです。それは、そのセンサーは何に使うものか想像して、インターネットで仕組みや使い方を調べて、全員の前で発表しなさいという課題でした。その様子は、さながら最初に博士からポケモンを与えられた主人公の気持ちで、自分はこのセンサーで何ができるのか?どんな作品ができるのか?といったことを想像しながら、愛着を持って知識を獲得する機会になりました。発表では、受講者の発表を補足するように、先生から詳細な仕組みや応用先も紹介され、さらにその期待感は増幅されていきました。
この授業の他にも、「Programming I」という、Processingと呼ばれるプログラミング言語とIDEを用いたプログラムによるグラフィックの授業や、「Audio-Visual Interaction I」という、Maxと呼ばれるビジュアルプログラミング言語を用いた音や映像の授業もあります。これらの授業からも、作品のためのツールという応用指向がとても強い印象を受けました。人数規模の問題もありそうですが、僕が学部の時に受けていた情報系の学部のプログラミングの授業とは異なるアプローチであったので新鮮に感じました。「Sensors and Microcontrollers」を含めたこれらの授業は、次のセメスターでは更にステップアップした授業が用意されており、徐々に自分の作品を作るレベルに積み上がっていくようです。
カリキュラムの中心となる個人プロジェクト
「Interface Cultures」は、上級生を含めて学科の多くの学生が参加している授業で、個人のプロジェクトに関するプレゼンテーションをして、みんなでディスカッションをする授業です。個人プロジェクトに関しては、「Student Support Project」というサポートを受けながら制作ができる授業がありますが、この授業はその進捗や成果を学科の先生や学生に発表することで、フィードバックを得るという位置づけの授業のようです。
序盤の授業では、自身のプロジェクトを5分から8分程の短いプレゼンテーションを順番におこなっていきます。新入生は、入学前におこなっていたプロジェクトと今後取り組みたいトピックについて、上級生は、入学してからおこなってきたプロジェクトと修士研究で取り組みたいトピックについてプレゼンテーションをしていきます。作品発表や修士研究の発表の硬い雰囲気とは異なり、非常にラフで、気軽に自分の発表や人の作品にコメントができる雰囲気です。教授陣の質問や意見とともに、この授業でも他の授業と同様に、発表者以外の学生から積極的に質問や意見が飛び交います。
この学科は、研究室やIAMASのプロジェクトのような制度が無い代わりに、この授業が、研究室でのゼミやプロジェクトでのミーティングの役割に近いものを担っている印象です。座学やワークショップ系の授業とともに個人プロジェクトを進めていくことが、カリキュラムの中心になっているように感じます。上級生のプレゼンテーションを聞いていると、個人プロジェクトは単に修士研究に繋がるだけでなく、第3回の記事に書いたようなArs Electronica Festivalでの展示をはじめ、様々な展示やパフォーマンスに繋がっているようです。
僕も新入生に混ざって、過去の研究や作品に関するプロジェクトについて話しました。英語にあまり自身が無いので、言いたいことが伝わっているか不安でしたが、発表後に質問があったほか、授業後に僕の発表に関する感想を言いに来てくれる人がいて、きちんと伝わっていることを実感しました。個人的には、単にフィードバックを得る以上に、このような様々な分野の人に対して、英語のプレゼンテーションとその質疑応答の訓練の場所を多くこなす場が得られる部分も良いと感じました。自分の作品を背景知識を共有していない人達に英語で話すことで、普段、無意識に用いている言葉を考え直し、何を伝えたいのか?どう伝えればよいのかを改めて考える機会になりました。ラフな雰囲気も、硬い雰囲気のきちんとした発表の前に、失敗を恐れず繰り返し訓練することを後押しし、非常に有意義な発表ができたと思いました。
学外で学ぶアートと社会
「Learning Linz I」は、リンツ市内のアートに関わる施設を訪れることで、リンツ市とその取組みを理解するという授業です。訪れる施設は、ギャラリー、アートコレクティブ、イベントスペース等を対象としており、毎週、先生が選んだ異なる施設を訪れます。参加している学生は留学生が多く、Interface Cultures学科以外の学生も多くいます。第3回の記事で書いたように留学生同士は度々顔を合わすことが多く仲がよいので、遠足のような雰囲気で、毎週各地に赴きます。
初めて訪れたのは、「Tabakfabrik Linz」と呼ばれる巨大な施設です。この施設は、リンツ市が民間企業に売却した後に閉鎖された広大なタバコ工場を買い戻し、アートやビジネスに関連する組織が集まる複合施設としてリノベーションをしたものです。具体的には、アートコレクティブやスタートアップ、リンツ美術工芸大学の施設、ファブスペース、画材屋、アート関連の書籍の多い図書館、カフェ等が集まっています。Ars Electronica、リンツ美術工芸大学を始めとする大学とともに、この施設はリンツ市が「UNESCO City of Media Arts」に選出される要因になっているようです。授業では、全体を運営している組織の方から概要を聞いた後、入居しているそれぞれの組織を訪れました。
このような異なる施設を毎週訪れ、実際に働く生の人の話を聞くことで、アートと社会の関係性をリンツという町を題材に考えていきます。他にも学外に出かける授業はいくつかあります。例えば、Ars Electronica Centerで行われる授業、ウィーンの美術館まで作品を観に行く授業、ザルツブルクでの展示を企画するプロジェクト等があり、これらの授業では、ゲストレクチャーやワークショップが開催されることもあります。こうした学校内に留まらない学びは、自分たちの活動が社会とどう関わっていくのかを直接的に考える機会になります。ここには、学校側の積極的なアプローチとともに、社会側が文化的取り組みや教育に理解があり、そのアプローチを受け入れているように感じます。
こうして俯瞰して振り返ると、異なるタイプの豊富な授業によって、制作活動の中の様々な過程を包括的に学ぶことのできる、非常に充実したカリキュラムになっていると思います。また、どの授業も学生が非常に積極的に参加し、質問や意見が飛び交っているのが印象的で、これらのカリキュラムは、僕が今まで経験してきた環境に比べ、学生の主体性がその充実度の根底になっているように感じます。積極的に参加すればするほど、学びは深くなっていき、展示機会を含めた機会に巡り合う確率も高くなっていきます。逆に、気を抜いていると、ただ居るだけの人になってしまい、何も得られないまま時間が過ぎていく危うさもあります。加えて、リンツ市や学校の雰囲気はかなりゆったりとしていて、授業の出席等の規則も厳しくなく、課題の量も多くないです。したがって、主体的に学び、能動的にガツガツ制作していくのに適した環境であると感じました。
さて今回は、Interface Cultures学科の通常授業について、印象的だったものを取り上げました。次回以降は、制作環境や特別授業に関して報告したいと思います。