教員インタビュー:三輪眞弘教授(後編)
中編からの続きとなります。
アートを、生きる姿勢として考える
- 最後に、IAMASでの教育内容についてお伺いします。96年の開学以来、教鞭をとってこられました。当時の日本では、メディア?アートは黎明期でしたが、20年以上経ち、社会もテクノロジーも大きく変化するなかで、メディア?アートを取り巻く環境やご自身の考え方にはどのような変化がありましたか?
IAMASは「メディア?アートの学校」だと思われていますし、特に最初の10年間はそう言ってもおかしくはありませんでした。開学とほぼ同時期の97年には、NTT インターコミュニケーション?センター [ICC]がオープンしました。その当時、メディア?アートは、明るい未来や新しいアートの可能性といったポジティブなものとして捉えられ、社会の雰囲気も同様だったと思います。でも、だんだんと暗い時代になり、テクノロジーの進化が本当に人間に幸せをもたらしてくれるのかと疑問視する人も増えてきました。
アートに対しても、「アートというものをどう考えるのか」という根本的なところで、僕自身、考えを変えるようになりました。20世紀の西洋美術におけるアートという概念が、今どこまで通用するのか。アートの概念も、そのなかで成立する狭い世界ももはや崩壊しつつあるし、美術大学の定義も変わってきていると思います。
IAMASは、岐阜県がITエリートを育成したいという期待のなかで生まれた学校です。でも、産業という生きていく部分と、いわゆる美を探求する部分を、完全に分けて考えるのはやっぱり不自然だと思うようになりました。アートをもっと広く考えよう、つまり僕らの生きる姿勢として統一的に考えていかなきゃいけないと今は思っています。
なので、学生には、将来、どのような専門分野においても常に自分自身を相対化するもうひとつの視点を持ってほしいと言っています。つまり、人間は誰でも社会的な役割を担う以前に、常に何かを感じ、考え、求める主体であり、何かの役に立つ機械ではないという当然のことを忘れないでほしい。今の日本社会には若者たちがまるで何かの「資源」でもあるかのような発想を信じて疑わない大人が多すぎると思います。
領域横断的に人を育てる
- IAMASの教育の特徴として、ひとりの指導教官につく「ゼミ」ではなく、複数の教員が関わる「プロジェクト」や、多分野の教員によるチームティーチングがあります。学生に、いろんな表現や考え方に触れてほしいという思いですか?
そうですね。ひとつの分野に特化したエキスパートを育てることは、他の学校でもできます。そうではなく、領域を横断して考えられる人を育てるのがIAMASのやるべきことだという認識です。どのような専門分野においても、その知識や技術が未来の社会にとってどういう意味をもつのかを考える必要があります。そうした視点を持ちつつ、現実に何ができるかを判断し、行動できる人間になってほしいというのが、IAMASの価値観であり、学生への期待です。
修士論文に求めるもの
- メディア表現研究科は2年間の修士課程のみですが、アーティスト志望の学生でも修士論文の提出は必須なのでしょうか?また、研究志望ではない学生に、論文としてのクオリティをどこまで求めるのかという難しさもあると思います。
修士論文の提出は、IAMASが専修学校として設立されて以来、必須です。学生も教員も大変ですが、「やっぱり論文は絶対に必要だ」という結論になります。分野を問わず「自分の作品を、歴史や社会の中に位置づけて、自分が作品を通してどんなチャレンジをしたのかを専門外の人たちにもわかるようにきちんと説明しなさい」ということです。僕自身は、いわゆる論文のクオリティとか、論文の体裁を整えることよりも、「作品をつくった本人にしか言えないことがどれだけ書いてあるか」という点がいちばん重要だと思っています。
- ロジックを鍛える訓練ということですね。もちろん、アーティストが手を動かして制作する時は無意識のロジックが働いていますが、もう一方の軸で、言語化して他者に伝えるロジックを持たないといけない。でも、日本の美術大学では、そこがおろそかにされがちだと思います。
日本では、学生たちは大学を出るまで、論理的に説明するという訓練を受けてきていないようにみえます。だから、新入生にはそのような、生き延びていくために必須の能力を鍛える「人生最後の2年間になるのかもしれないよ」と言っておどかすことにしてます。
三輪 眞弘 / 学長?教授
作曲家。コンピュータを用いたアルゴリズミック?コンポジションと呼ばれる手法で数多くの作品を発表。第10回入野賞1位、第14回ルイジ?ルッソロ国際音楽コンクール1位、第14回芥川作曲賞、2010年度芸術選奨文部科学大臣賞(芸術振興部門)ほか受賞歴多数。2007年、「逆シミュレーション音楽」 がアルス?エレクトロニカのデジタルミュージック部門にてゴールデン?ニカ賞(グランプリ)を受賞。
インタビュアー?編集:高嶋慈
撮影:八嶋有司