EN
Follow us
twitter facebook
資料請求

教員インタビュー:吉田茂樹教授

関心はネットワークから、テクノロジーが与える社会への影響に変化

- 吉田茂樹先生の研究分野は「コンピュータネットワーク」とのことですが、関わっているプロジェクト「根尾コ?クリエイション」、「Community Resilience Research」と一見結びつきません。これらはどういうつながりがあるのでしょうか?

私がIAMASで研究を始めた当初と現在では、興味の対象が変わっています。ベースは変わっていないのですが、コンピュータネットワークそのものから、技術の利用方法と、社会への影響という方向へシフトしています。
そういう視点で「Community Resilience Research」と、その前身である「根尾コ?クリエイション」※1 にも参加しています。

私が「根尾コ?クリエイション」に参加したのは2017年からです。研究代表である金山智子先生 ※2はじめ、社会学、情報工学、デザインと、さまざまな分野の先生が参加し、現地でフィールドワークを行いました。

対象となる本巣市根尾地区は、岐阜県の山間部にある限界集落です。それでも、小学生が全校で30人くらいいて、地域の80代90代の高齢者も元気に生活している。
ここ2、3年、私が興味を持って研究しているのが、自分たちで村の水源を確保する仕組みです。

根尾川原商店街の調査の様子

- 水ですか? それはどういうきっかけで発見したのでしょうか? 

最初は、誰も住んでいない家の庭先に置いてあるコンクリート製の水槽に、どこかから水が流れてきて、とめどなく水があふれている。「これは誰が水道代を払っているのだろう?」という疑問から調査が始まりました。

実は、山の中にある谷川や湧き水をポリエチレン製のパイプ(以下、ポリエチレン管)を使って、1キロ、2キロ先の各住宅へ送っている。水そのものは無料だけど、ポリエチレン管はどうやら自分たちで買って設置したものらしい。
ポリエチレン管が世間に登場したのが戦後間もない頃で、民間でも購入できるようになったのはここ50年くらい。つまり、技術が誕生してまだ100年も経っていない。調べると根尾地区でポリエチレン管を使いはじめたのは、ここ30年くらいのこと。
それまで根尾地区では竹などを使って水を引いていたそうなので、今のように遠方から水を引くことはできなかったはずです。
そこで、「技術が登場すると暮らし方も変わるんだ」と気づきました。

根尾黒津地区の廃屋の庭で発見した水槽。これが水源調査のきっかけとなった

私は根っからの技術者なので、気になる物があると、その裏側、仕組みや材料、工法が気になる。
根尾地区は降雪地域なので、雪に押されてパイプが外れることもある。また、ポリエチレン管の前に紫外線で劣化するパイプを使っていたこともあって、そういう残骸が残っていたりする。そうすると、私はそういう残骸にも興味が湧く。
私が興味を持つのは、そこで使われている技術の変遷なのです。

根尾水鳥(みどり)地区の用水路調査。コンクリート製用水路の破損を用水路サイズのポリエチレン管で補修している。

地域に残る“しなやかに生きる”ための柔軟な仕組み

- 新たにスタートしたプロジェクト「Community Resilience Research」ではどんな研究を行うのでしょうか?

2020年度から始まったプロジェクト「Community Resilience Research」のResilienceとは、回復力や復原力という意味で、社会課題に直面する地域コミュニティの中で、しなやかに生きていくための柔軟な仕組みを研究するプロジェクトです。根尾地区だけでなく、岐阜県内の中山間地域も研究対象に含まれます。

このプロジェクトでも、根尾地区の水源については継続して調査していく予定ですが、もうひとつ注目しているのが電気を中心にした住民とインフラの関係です。
かつての根尾村では、村民がダムをつくって、村に発電所もつくっていたそうです。必要なものは、自分で用意する時代だったんでしょうね。
私たちは電気や水がとまると生きていけない。だけど、自分でできるのであれば自分でつくる姿勢も必要なんじゃないかな。少なくとも知識として引き出しはたくさんあった方がいいと思うんです。

根尾長嶺地区の取水口の修理の様子。根尾地区の住民たちがみずから管理?修復している

- お話を聞けば聞くほど、吉田先生のこれまでの研究と現在の研究のギャップに驚きますね。

IAMAS初期の頃は自分の研究というより、学校のサーバメンテナンス屋でした。今では考えられませんが、当時「半日サーバ使えません」とか「ネットワークが止まります」なんて普通にやっていました。
もう今は自分でメンテナンスする時代ではなくて、お金を出してサービスを買う時代。

今も自分のサーバだけは管理していますけど、それも趣味みたいなものですね。お金を出せば買えるのに、それをあえて自前でやっているんですから。でも、それをしないと「買えばいい」という思考になってしまいそうなので、今も最低限の知識をアップデートするために、自前でサーバを運営しています。

- 吉田先生は、岐阜県内の企業や学校への講義されたり、研究機関とも連携した活動も多いと聞きました。

2019年6月から「IAMASテクテクテク勉強会」をスタートしました。IAMASには、いろいろなバッググラウンドを持った多様な学生がいるのですが、それでも我々が知らない分野は山ほどある。そこには、おもしろい話があるはずということで、金山先生が発案者となって始まった勉強会です。
各分野の専門家をお招きして、専門的でディープなお話を聞く中で、新しい興味や関心が生まれたり、刺激を受けるんじゃないかという期待があります。

これまで、岐阜大学や県内研究所の方にお話していただきました。その中で印象的だったのが、昔つくった道路や橋をいかに維持していくかが現在の課題となっていて、新しい技術として、自己再生するコンクリートや3Dプリンタで建物をつくる研究もあるそうです。
今は自分と遠い世界の話かもしれないけど、この先の未来に自分と接点があるかもしれない…そう思って、学生のみなさんに聞いてもらえたらうれしいですね。

第二回IAMASテクテクテク勉強会の様子。岐阜大学工学部社会基盤工学科の國枝稔教授による「目の前の風景からコンクリートが消えたら」をテーマにした講演

卒業生たちの論文から社会と技術の変遷を探る

- 現在、IAMAS卒業生の修士論文から技術の変遷を探る研究もしているとうかがいました。これはどういった研究なのでしょうか?

なんだか新しいものが登場すると、学生の研究がそれにぐっとシフトしていくのを傍目で見ていたんですよ。
2007年にiPhoneが登場しましたが、それ以降、スマートフォンを使った研究が一気に増えました。
それは3DプリンタやArduino ※3が登場した時も同じで、なんだか新しい製品が登場すると、みんなその影響を受けるんだなと感じていました。

新しい技術が登場しても、それが一般社会に浸透するまでには時間がかかります。商品発売から時間が経って、ようやく普及し、その結果、影響が出ると私は考えています。
一方でIAMASでは登場した瞬間に興味を持って使い始める人が多い。身近に作品をつくっている人たちがいるので、技術の登場?普及?影響の傾向を修士論文をもとに調べてみようと思っています。

- 吉田先生から見て、学生の研究に大きな影響を与えた製品?技術で、印象的だったものはありますか?

そういう意味では「Kinect」 ※4でしょうか。Kinectは当初、Xbox用のゲームデバイスとして販売されたのですが、ユーザーが勝手に制御ソフトを開発して、本来のマイクロソフトの目的から離れて、人の動きを感知する安価な万能センサとして重宝されました。

その話で言えば、90年代のメディアアートの世界では、数百万円、数千万円のコンピュータを使って作品を制作していました。でも、そんな設備があるのは大学や研究所だけなので、誰もができることではありません。
でも、今はスマートフォンがあれば、何でもできてしまう。表現も含めて世の中が変わってきているからこそ、今、重要なのはコンテンツそのもの。本質を問われているのではないでしょうか。

こういった技術史は、工学の分野でもマイナーな存在ですが、自分が使っていた技術やデバイスの意味や位置付けを振り返って考えてみるのもおもしろいですよ。


 

吉田茂樹 / 教授

1962年岐阜県大垣市生まれ。専門はコンピュータネットワーク。インターネット黎明期以前からWIDEプロジェクト等に関わり、超分散情報検索や自律型データ配信などをテーマとしてきた。その間、教育機関や行政関連のネットワークシステム構築等にも関わっている。近年は教育?啓蒙やコミュニティ形成等、ITの社会応用を主な活動としている。


※1 根尾コ?クリエイション

※2 金山智子先生
金山智子教授の教員インタビュー

※3 Arduino
2005年に発足した「Arduinoプロジェクト」が開発したオープンソースハードウェア。Adobe Flash、Processing、Max/MSP、Pure Data、SuperColliderがソフトウェアとして利用できる。メイカームーブメントやIoTの入門装置として大きな役割を果たす。

※4 Kinect
2010年に家庭用ゲーム機「Xbox 360」用コントローラとして発売。非公式のPC用ドライバの登場で、これまで数千万円近いモーションキャプチャや人物認識の装置と同じ機能を、1台数万円のKinectで行えるようになった。


 

インタビュアー?編集:森岡まこぱ
撮影:山田智子